元和5年(1619)水野勝成が福山に城を築き、備後10万石の城下町における 歴代藩主の奨励もあり、歌謡・音曲が盛んになりました。 そういった流れの中に葛原勾当(矢田重美)は神辺町八尋に生まれ、 3歳の時にホウソウにかかって失明し9歳で京に上がって筝曲・地歌を学び、 15歳で勾当の位階を頂き後に帰郷し備後・備中で盛んになったそうです。

そういった背景の中に琴師として牧本長蔵(1802~1882)・菅波甚七(1832~1910)、長蔵の子の源兵衛(1844~1884)・その子 信次郎(1895~1935)。 牧本信次郎の子の正雄(1895~1960)へと琴(箏)の製作技術は受け継がれてきました。

和田善亀(牧本信次郎・正雄の弟子)は、1936年に牧本正雄(牧本楽器)から独立し、和田楽器店を設立。現在は新和琴楽有限会社に至っています。 習得した一貫性技術工程を工程別生産方式をより高度なものに完成させると共に営業面にも力を注ぎ、 全国に福山の琴(福山琴)を広めていきました。

<海外在住のお客様より>
「4.5尺 zero箏4号 (wkuタイプ)」のご注文を受け製作に至りました。
ご希望されていた、製作過程に於いて可能な範囲で画像を残しお渡し、お客様自身で作曲(題名:winter)・演奏、動画を作成されて送って頂きました。


 

桜
 

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